世界の果ての話(最終稿)

 

そこにはとても沢山の鳥がいて俺はそれを食べる大きな蟻喰いだった。

いつからそこでそうしているのかはどうしても憶いだせなかったが鳥は充分に空腹を満たしてくれたので俺はそのことについてあまり考えることはしなかった

その世界の中央にはとても大きな穴が開いていたが大蟻喰いにすぎない俺ではその穴を覗くこともおりることもできなかった。

たまにそばまでいって覗き込もうとはしたのだが俺の半円形にまがった鈎爪と不格好な4ツ足ではあまり踏ん張がきかずすぐに滑りそうになるので穴の中がどうなっているかなんて皆目見当もつかないままだった。

周りは砂で埋め尽くされていてどこをみても同じ風景がただ延々と続いているだけだった。

俺はいつも穴の周囲をぐるぐる周りながら鳥を食い腹がくちくなるとそのままごろんと横になって眠った。

でも夜はやってこなかったので目が覚めてもどのくらい時間がたったものか見当もつかなかった。

そうやってまた長い時間がたったころ俺は脱皮して山羊に姿を変えていた。

前の身体の倍位もあるおおきな黒い山羊だった。

踵に不釣り合いにとがった蹄がありそれを砂にくいこませれば少しは立つことも出来た。

でもやることは変わらなかった。

腹が減れば鳥を食べてくちくなれば横になって眠った。

それでも体が大きくなったので前よりもっと穴が覗けるようになった。

踵に大きな蹄がありそれが以外とうまく砂にくいこんで上半身を支えてくれた。

俺はそれではじめて穴のなかを覗き込むことができたのだ。

穴はとんでもなく深くどこまでも続いているようだった。

ためしに砂を穴のなかに流してみたが砂はどこまでもただ零れていくだけだった。

この世界に終わりがないようにこの穴にも終わりがないのかもしれなかった。

俺はそれからたまに穴をノゾキにいくようになった。

降りてみたいという衝動にかられることもあったが流石にそれはできそうもなかった。

それにたいしたことじゃないが他に気になることもあったからだ。

俺は腹が減れば鳥を食べる、でもこいつらはなにを食べているんだ?

それにどうして減らないんだ?

俺の前の身体はどこへ消えてしまったんだ?

寝ているあいだになにかが起こっているのかも知れないとおもって眠らずにいたり寝たフリをしてみたりしたが別に変わった様子はなにもなかった。

一度は砂の中に埋もれて姿を隠してもみたがやはりなにも起こらなかった。

でも俺はすぐにそういったコトにも飽きて穴も覗かなくなってしまった。

世界は何も変わらず俺は鳥を食い鳥は俺に食われ穴はどこまでも続いているだけだった。

そうやってまた長い時間を過ごして目覚めてみると俺はまた脱皮して今度はヘビになっていた。

前の身体が気にいっていたので少しがっかりしたが結局この新しいカラダに慣れるしかなかった。

新しい身体はおそろしく長かった。

鎌首をもたげて尻尾のほうを見ようとしても蜃気楼のようでそれがどこにあるのかわからないのだ。

でもこの身体でやることは決まっていた。

新しい身体に充分に慣れたころどこまでも伸びた身体中腹一杯鳥を食べ俺は穴の中に体を滑らせていった。

穴はどこまでも終わりが無かったが俺の身体にも終わりはない。

ただただ果てがないだけであまりにも同じ穴をただ落ちていくだけなので感覚はどんどんあやふやになり落ちているのか、上っているのか、それともただ真横に移動しているのかさえわからないしまつだった。

何度も眠りながら落ち続けそうやってかなりの時間が経過したころからアナの径はせまくなりはじめウロコがバリバリと岩肌をこすりキナ臭い匂いが鼻をついた。

更に厄介なことにこんなところまできて今さらハラが減ってきたのだ。

もう引き返すことなどできるハズもない。

アナはちょうどオレの胴とほぼ同じ径にまでせまくなっていてウロコをひっかけながらようやく前に進んでいるような状態だったからだ。

今さらウロコを岩壁から引き剥がして戻るコトなどできるわけがなかった。

いやでももう前に進むしかない。

鳥をハラいっぱい食いたいがここにはクチにいれられるようなものはなにもなかった。

このままいつか動けなくなってここでひからびるのかと思うと情けないものなのだろうがそれよりもなによりもハラが減って目から火花が飛びそうだった。

なにか食えなくてもいいから口にいれられそうなものはないかと見渡していたら遥かに遠い暗がりの向こうで少女の首が道をふさいでいるのがみえた。

首だけとはいえなにしろひさびさに会った人間なので話し掛けようとはしたが蛇の声帯では声のだしようもない。

せめてにこやかに笑おうにも堅いウロコが邪魔でどうにもならない。

オレはハラがへっているのも忘れてしばらくこの首にかまけていたが突然激しい空腹に襲われ俺は少女の首を丸のみにしてしまった。

自分でもびっくりしたがこれは蛇の本能のようなものだから止めようがなかったらしい。

 

でも暫くすると身体のなかでナニかがごそごそ動きだしやがて骨を伝わって少女がケタケタ笑う声が直接頭骸に響いてきた。

だがそれについて考える間も無く今度は自分が内臓からくわれているのを理解した。

肉を食いちぎり骨を齧り髄液をすする音がうすっぺらな頭骸に振動してくる。

痛くも痒くもないがどうしたらいいかがわからなかった。

でも空腹だったカラダを食われたせいか空腹からは解放されたが。

別に満腹感みたいなものがあるわけじゃなかったがとりあえず一息つけたような気分だ。

でもそんなことにおかまいまく首は容赦なくオレを食いちらかし俺の頭と胴はあっさり切り離されて俺の頭は支えるものを失ってそのまま穴の中を(少女の向こうがわに)転がりはじめた。

 

 +  俺の頭は支えるものを失ってそのまま穴の中を(少女の向こうがわに)転がりはじめている  +

 

少女の首と残された俺の胴がそのアトどうしたのか、どうなったのかはわからないし興味もない。

確かにまるでキにならなかったわけじゃないが転がり落ちるのに手一杯なんだからそんなことを考える余裕などなかったのだ。

堅い岩盤のあちこちにウロコがぶつかるたびに千切れけしとんで、頭部のわずかばかりの肉も削げ剥き出しになったうすっぺらな頭骸はあっという間に砕けて粉々になった。

残ったのは柔らかい目玉だけだ。

目玉はかたい岩盤にあたってもゴムのようにはじけるだけだからそれでなんとか残ったのだろう。

目玉だけになった俺はそれでもずいぶんと穴の中を跳ね回っていたが突然夜の海にほうり出されていた。

 

 

俺は目玉になってみてはじめてわかったが、海はうんと細い髪の毛のようなものからできていた。

かつて海を液体のように認識していたのはもっと大きな体があってそこで泳げたりしたからなのだろう。

その髪の毛のようなものは目玉の細胞のひとつひとつの隙間から入り込んで膨らみ俺をゆっくりと深い海の底にひきずりこんでいく。

髪の毛のような海はどんどん俺の奥に入り込んできてその度に記憶が少しづつ消えていった。

もともと自分が誰なのか、どこからきたのかさえもわからないままだったがそんなことさえ思い出せなくなってそれがオレを無数の棘になって苛立たせた。

でもそんなことにはおかまいなくオレは沈んで行くばかりで目の前にはただただ暗い海が広がっていくだけだ。

そのうち感じることさえ曖昧になってきたのでだんだん眠る時間のほうが長くなっていった。

そうなるともう目覚めていてもそれが現実かどうかもよくわからなかった。

曖昧な記憶に苛立ってそれが空腹だということを思い出せたのがタブン最後の記憶だろう。

この世界にくる前のことをなにも覚えていないように次に辿り着く世界でもなにも覚えていないままなのだろう。

でも、それがこの世界の約束ごとならそれはそれで仕方がないコトなのだ。

あたりはすっかり闇におおわれ、そうなるとオレはとてもちっぽけなただの目玉にすぎなかった。 

 

 +  もといた世界で一度も訪れることの無かった夜が今やっと始まったのだ。  +  

 

俺はこの冷えた暗い世界を徘徊する平べッたくて堅い甲羅で覆われた一番おおきな生物だった。

いつそのことにキがついたのかはわからない、それまで相当長い間この世界にいたのだと思う。

身体中にへばりついたコケや貝の類いはとても昨日今日寄生したようなものではなかったし、俺はこの広大な世界の全てを知りつくしているからだ。

思い出せるギリギリの過去は全て曖昧な連続した残像のようなものだったし、おそらく今ある意識は痛みや空腹からゆっくりと芽生えそのうち俺の行動を支配するようになっていったのだ。

 

おそらくきっかけになったのはこの世界のあちこちに転がっている残骸や落ちて来る沈船の中に残されていた残存物だろう。

そのなかに転がっていたいろいろなモノを好奇心にまかせて漁るウチに文字をみつけそのワケを理解しそれを覚えそれから言語を理解したのだ。

オレの記憶からやっと辿れるのはこのあたりからだ。

とんでもない時間と根気が必要だったろうが幸い食うこと以外はなにもすることがなかったしそういったコトを比較するなにものもなかったからキがついたらミについていたのだ。

それだけのことだ。

俺のからだは既にその時点でこの世界では誰よりも大きくオレを食おうなんてイキモノはいなかった。

腹が減ればその辺りにいくらでもいる小さいのををただ飲み込んでいればいい。

ただオレが得た知識と意識はあまり歓迎したくないことも理解させてくれた。

この世界で俺は他のどんな生き物とも違うということを。

見てくれの問題ではない俺は死なないのだ。

他の生き物はわざわざ俺が手をくだすまでもなくどんどん死んで生まれてまた増えていったが俺にはそれがなかった。

俺ははじめて自分が世界の果にいて遥かに遠く孤立した存在であることを否応なく思いしらされたのだ。

でもそれがなにを意味するのかまではよくわからなかったし、別にとりたてて気にもならなかった。

それならそれで仕方がない。

ただ、それを理解し、俺はただただ他のあらゆる生き物を食い続けるだけのことだ。

 

あるときいつものように新しく落ちて来た沈船を好奇心にまかせて漁るウチオレは奇妙な本と道具を見つけた。

苦労して解読してみるとそれには命の作り方が書いてあった。

それは今のオレにはとても魅力的なものだった。

オレは他のしる限りの残骸や沈船を漁り必要な知識と道具を手に入れた。

あまりにも欠けているところが多くその本自体不完全で大変な作業だったがオレには膨大な時間があり材料になり得る命ならその辺でいくらでも手に入れる事ができた。

重たい海水が沸騰し命を分解して塩と灰に還し、その灰を練り合わせていくつもの命を作り上げる。

でもその殆どは喋りはじめるまえに分解して無に還った。

もう2度と戻らない濃緑の闇に。

時々そうではないものもできるにはできたがひどくつまらないモノばかりでやはり無に還すしかなかった。

 

  +  一度分解された命は二度と再生されることはなくこの世界に溢れていたイキモノが目に見えて減りはじめた頃漸く分解しない命を造り出していた。 +

 

それは妖精ともいえるものでそこにいるほかのどんな生命とも違っていた。

 

だがいくら教えようとしてもなにも覚えようとはしない。

恐ろしく気紛れでだがぞっとする程美しいイキモノだった。

   

 +  外見の問題ではない  + 

 

どのみちこの世界では外観などなんの意味もない。

この闇のなかでは見えるものなどたかがしれている。

発光体を持っているオレですら金色の巻き毛のすきまから透き通るような緑の眼球がやっと覗けるだけにすぎない。

そんなことではなくてその存在そのものが心をふるわせるのだ。

彼女(性別はなかった、単体で成立しているイキモノにそんなモノは不要なのだろう、オレのように、だからこの彼女というのは勝手な呼び名に過ぎない)にとって全てのものが遊びの対象にすぎなかった。

存在する全ての生あるものがヤツに惹かれて集まって来たがヤツは遊び飽きるとかんたんに嬲り殺した。

それでもいつも多くのイキモノに囲まれて彼女は楽しげに踊っていた。

深い海の底で重い泥を華奢な四肢で掻きあげながら。

 

オレはそれでも諦めずに長いあいだ一緒に暮していたがいつかそれにも嫌になってまた海底に戻っていた。

 

世界はまた延々と同じ時間を刻んでいたが少しづつ変化もしはじめていた。

 

もう上の世界からもなにも落ちて来なくなり、イキモノもすっかり様変わりしていた。

ミンナ小さくなってこまかな足を動かしせわしく海底を動き回っている。

そんなものをとるのも食うのも大変だったのでオレはあまり食わなくなり岩場の泥のなかでじっとしていることが多くなっていた。

 

それでもオレは死ななかった。

 

澱んだ泥のなかで多分岩のような存在になりながらオレは目まぐるしく変わり続ける他の小さなイキモノをただ眺めてすごしていた。

 

もう食う事すら疎ましい。

空腹にも慣れてしまったので困る事はなにもなかった。

 

それからまた随分経ったあるとき突然彼女があらわれた。

 

オレはすっかり縮んでただの岩みたいになっていたハズだが彼女は美しいままだった。

相変わらずタクサンのイキモノを引き連れている。

 

あたりの泥は踊り続ける彼女の四肢に巻き上げられその泥はオレの上に降り積もる。

オレはその中に隠れてみつからなければいいとおもった。

 

でも遊び飽きて群がるイキモノを殺しはじめた彼女はすぐにオレも見つけ隠れていた岩場の泥の間からオレを引っ張り出すとそのままオレのカラダを砕きはじめた。

金色のカミが揺れてそのなかでかつて見なれた緑色の目が楽しそうに笑っている。

オレのカラダは少しづつ壊れていってその度に彼女のカラダも複雑に絡んだ糸玉がほどけるように崩れはじめていた。

それでも彼女は壊す事を止めなかった。

崩れてカタチをとどめなくなって最後にやっとなにか喋ったようだがそれは小さな泡になって緑の闇のなかに飲み込まれた。

 

金色のカミがバラバラになり最後に残った細い琴線のようなカミの向こうでみなれた青い眼球が意志を失いゆっくり海中を上りはじめていた。

 

取り残され目玉だけになり海底に沈みかけていたオレは慌てて彼女の眼球を残ったカミでからめていた。

彼女の眼球のおかげでオレはゆっくりと重い海水のなかをのぼっていった。

 

 

はじめてみる海上は青白い月に照らされ波がどこまでも続いていた。

とても単調な世界であまり面白いものではなかった。

そのまま時間はオレ達の上を過ぎ去り空は低く黒く目まぐるしくその模様をかえオレは彼女の眼球もろとも波に洗われて過ごしていた。

 

 

暫く漂っていたがめずらしく晴れた日に彼女の眼球は飛んで来た鳥に丸のみにされ、オレは沈みかけたその刹那を別の鳥にさらわれ岩場だらけの島の枯れ木や骨で作られた巣のなかに投げこまれた。

そこにいた雛鳥たちはオレをエサとみとめられなかったらしくオレは食われる事もなくそこにいたがある日強風で巣ごと飛ばされそこの砂地に転がりおちた。

 

そこで長い時間をかけ膨れた胴と不釣り合いに細い足をもったイキモノへと変化したオレはその小さな島中をくまなく捜して歩いたが気にしていたものは結局みつけられなかった。

多分オレは鳥に丸のみにされた彼女の眼球を捜していたのだとおもう。

 

そこは世界の果とでもいうべき場所だった。

あちこちにイキモノの成れの果てのような残骸が転がっていて生きて動いているものは空を舞う鳥とオレだけだった。

中央に極端に突起した岩場がありアトは砂が広がるだけでアトは本当になにもない。

 

イキモノの残骸たちはどれもとてつもなく妙なモノばかりでこれでどうやって生きていたのかさえ理解に苦しむようなのが殆どだ。

 

やたら大きな風船のような胴体に口だけがついていたり耳ばかりがぎっしりついた円筒型の毒々しい色のものや、小さな手足ばかりが散乱しているかと思えば異様におおきくて干涸びてすっかりしわくちゃになった性器までころがっていた。

 

もともとココ自体が成れの果てのような場所なのだろう。

でもオレがいまどんな姿なのかもよくわからないのであまりそれをどうこう思う気分にはなれなかったが。

 

オレは漸く作りあげた口でそうやって転がっている成れの果てを喰って暮していた。

他にやることがなにもなかったせいもあるが見ているだけでどうにもならない空腹に襲われてしまうのだ。

 

いくら喰ってもそこら中にころがっていたし、どれもこれもとても喰いづらかったのでどれだけ長い時間をかけてもなくなることはなさそうだった。

鳥たちもタマに喰おうとはするのだがやはり喰いづらいらしくてある程度つついてひっぱりまわすとすぐに飽きてどこかへ飛んでいってしまった。

そのうち鳥はオレの排泄物を喰い漁るようになっていた。

ヒドイときには何十羽もオレの後ろに群がって直接オレのカラダをつついて排泄物を喰おうとする。

おかげでオレのカラだはあちこちアナだらけになりずうずうしいヤツになるとオレのカラダのなかで巣作りまでしかねなかった。

そうやってずいぶん長い間鳥たちとの共生生活が続いた。

だがとても寒い晴れた夜に大きな平ベッたいイキモノのようなモノがあらわれ鳥たちを片っ端から喰いはじめた。

そいつはオレの目では一度に全体が見切れないほど大きくて蜘蛛のようないきものだった。

やがて空はカラになり騒がしくオレに付きまとっていた鳥は一匹もいなくなった。

 

食べるものがなくなった蜘蛛は島の中央にある尖った岩場を包むようにじっとしていたがその内動かなくなって突風が吹いた時にコナゴナになって空に舞い上がった。

 

そのコナゴナのカケラは空に舞うと鳥に戻ったがそれは塗りつぶされた夜のように空に張り付き、空はそのままゆっくりとくらくなり同時にあたりの気温が急激にあがりはじめた。

 

尖っていた岩場は凍土のようなモノだったらしくやがて溶けて流れはじめ砂地も海水に洗われタクサンのイキモノの成れの果てと一緒にオレもまた海に引き戻されていた。

 

カラダのあらかたが水につかって腐りすっかり重くなった表皮に包まれたままオレはまた海の底へ引き戻されたが今度は全てを忘れるコトはなかった。

 

海底を転がり永劫に流れ続ける時のなかにただ存在し眺め続けていた。

殆どのイキモノが死滅しなにも動くものがなくなってもオレがおくる時間は変わらずオレは生き続けていた。

 

それからまたとても長い時間をかけ海水は少しづつ蒸発し海底の泥は干涸びて砂漠化していった。

なんども泥のような雨がふりその度に堅い砂地を転がったが水はすぐに乾いてしまった。

頭上には始め濃灰色の低い空が広がっていたが泥が干涸びて砂になるのに歩調をあわせるようにすこしづつ高い広い空になっていった。

 

時間はとてもゆっくりだが確実に経過してその頃にはすっかり干涸びた表皮を脱ぎ捨て何度かの脱皮を繰り返し漸く自分の意志で歩けるカラダを手に入れていた。

 

空にはまた少しづつ鳥が戻りはじめ照りつける日が足下の濡れた大地を乾かした。

 

その長い長い変わりばえのない風景を歩き続けて漸く見なれた風景のあるところまで辿り着いていた。

 

肺いっぱいに空気をいれ大きくノビをしてカラダについた砂を払い落とす。

 

この世界には終わりがなかった。

 

どこまでも果てしなく砂が広がっていて空には無数の鳥が舞っていた。

 

 

そしてオレはそれを食う大きな蟻食いになっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

                      
 

 

                                                目の中の鳥

 

                                       鳥の中の目

 

                               鳥の羽

 

                     羽の鳥

 

       はじめに笑う男

 

男ははじめに笑う

 

                 

                                          女は目を開けない

 

 

                                          だからといって目を閉じているわけではない

 

 

                                          死んでいるからという理由はあまりにも些末である

 

                                          

                                          せめて水底にいるから とはいえないものか

 

 

                                           夢はみない 夜がここには来ないからだ

 

 

 

 

                                                                                    鳥は羽である

 

 

                                                                                    羽は鳥である

 

 

                                                                                    くり返されるのは時間のせいだろう

 

   

                                                                                    それを理解できるのは剣を飲むような日々を過ごしているからだ

 

 

 

 

                         世界の果ての話

 

 

 

 

 

そこにはとても沢山の鳥がいて俺はそれを食べる大きな蟻喰いだった。

いつからそこでそうしているのかは憶いだせなかったが鳥は充分に空腹を満たしてくれたので俺はそのことについてあまり考えることはしなかった

その世界の中央にはとても大きな穴が開いていたが大蟻喰いにすぎない俺ではその穴を覗くこともおりることもできなかった。

たまにそばまでいって覗き込もうとはしたのだが俺の半円形にまがった鈎爪と不格好な4ツ足では砂の上を滑りそうになるので穴の中がどうなっているかなんて皆目見当もつかないままだった。

周りは砂で埋め尽くされていてどこをみても同じ風景がただ延々と続いているだけだった。

俺はいつも穴の周囲をぐるぐる周りながら鳥を食い腹がくちくなるとそのまま横になって眠った。

でも夜はやってこなかったので目が覚めてもどのくらい時間がたったものかは見当もつかなかった。

そうやってまた長い時間がたったころ俺は脱皮して山羊に姿を変えていた。

前の身体の倍位もあるおおきな黒い山羊だった。

踵に不釣り合いにとがった蹄がありそれを砂にくいこませれば少しの間なら立つことも出来た。

でもやることは変わらなかった。

腹が減れば鳥を食べてくちくなれば横になって眠った。

それでも体が大きくなったのでやっと穴が覗けるようになった。

踵に大きな蹄がありそれが以外とうまく砂にくいこんで上半身を支えてくれた。

俺はそれではじめて穴のなかを覗き込むことができたのだ。

穴はとんでもなく深くどこまでも続いているようだった。

ためしに砂を穴のなかに蹴り入れてみたが砂はどこまでもただ零れていくだけだった。

この世界に終わりがないようにこの穴にも終わりがないのかもしれなかった。

俺はそれからたまに穴をノゾキにいくようになった。

降りてみたいという衝動にかられることもあったが流石にそれはできそうになかった。

それにたいしたことじゃないが他に気になることがあったからだ。

俺は腹が減れば鳥を食べる、でもこいつらはなにを食べているんだ?

それにどうして減らないんだ?

俺の前の身体はどこへ消えてしまったんだ?

寝ているあいだになにかおこっているのかも知れないとおもい寝たフリをしてみたが別に変わった様子はなかった。

一度は砂の中に埋もれて姿を隠したことさえあったがやはりなにもおこらなかった。

でも俺はすぐにそういったコトにも飽きて穴も覗かなくなってしまった。

世界は何も変わらず俺は鳥を食い鳥は俺に食われ穴はどこまでも続いているだけだった。

そうやってまた長い時間を過ごして目覚めてみると俺はまた脱皮して今度はヘビになっていた。

前の身体が気にいっていたので少しがっかりしたがこれはこれで仕方が無いと思った。

新しい身体はおそろしく長かった。

鎌首をもたげて尻尾のほうを見ようとしても蜃気楼のようにそれがどこにあるのかさえわからないほどだった。

でもこの身体でやれることは決まっていた。

新しい身体に充分に慣れたころ腹一杯鳥を食べ俺は穴の中に体を滑りこませた。

穴はどこまでも終わりが無かったが俺の身体も終わりがなかった。

眠る間も身体は滑り落ちていたのでどのくらいの時間が経ったのかまるでわからなかったが何度か眠った後空腹がゆっくり俺を縛り始めていた。

空腹はやがて痛みになって俺を締め上げたがもう鳥がいる世界に戻るにはあまりにも身体が延び過ぎていた。

俺はこの世界で目覚めてはじめて後悔したがもうどうすることもできなかった。

それでも身体がどんどん落ちていくウチに俺は何時の間にか眠ってしまった。

どこか遠くで誰かが鐘を鳴らしていた。

聞き覚えのある音だったがどうしても憶いだせなかった。

それを憶い出そうあがいてやっと目が覚めたが俺の眼前で少女の首が俺を睨み付けていたので奇妙な違和感が意識に張り付いたままだった。

身体はいつのまにか落ちるのを止めて穴のなかでとまっていたようだ。

その俺の鼻面に少女の首がいてそれが俺を睨み付けていたのだ。

「別に怒ってるんじゃないのよ。いつもこうなのよ。そんなわけだから気にしてもらわなくてもいいわ。」

少女の首はそれだけいうとくるりと向きをかえそのまま穴を落ちていった。

俺は慌てて身体を伸ばし追いかけたがすぐに見えなくなってしまった。

「あんたどこへいくつもりなの?」

見えなくなったはずの少女は何時のマにか首は俺のアタマの後ろにいて俺を食べていた。

「少しお腹が空いたのよ。睨まないでくれる?食べづらいから。」

食われるのは嫌だったが痛みはなかった。

俺に食べられる鳥も痛みはないのだろうか?

「あんたが痛くなけりゃ鳥も痛くないわよ。それよりこの先に行きたいの?」

あぁ、行きたいね。

折角ここまできたんだからこの先だってみてみたいさ。

「じゃぁいいわ。連れていってあげる。」

少女がそういうといきなり穴は終わって俺は夜空に放り出されていた。

俺の長い身体は宙をくるくると捻れいくつにもちぎれながら花の匂いが充満する夜空を泳いでいた。

僅かな間だったが俺は花の匂いに酔いしれていた。

だが次の瞬間地表に叩き付けられ俺は自分の骨がくだける音を聞かなければならなかった。

痛みはなかったが身体は途中でいくつにもちぎれてしまったので俺は普通より少し大きいくらいの蛇になって花と砂の中に埋もれていた。

身体が小さくなったせいか直ぐに動けるようになったのであたりを這い回って探したが少女の首はどこにも落ちていなかった。

この世界には辺一面に花が咲きみだれていた。

とても美しい世界だったがどれだけ長い時間ここで過ごすことになるかわからない俺にとってその艶やかさもたいした意味をもつものではなかった。

その花は食べることが出来たので俺はせっせと食べて身体を大きくすることにした。

いまのままではあまりにも小さすぎてこの世界のことがよくわからなかったからだ。

身体が倍くらいの大きさになってやっと世界が見わたせるようになったころ俺はなんとかこの世界の中央にある大きな穴に辿り着いていた。

穴のなかは暗くて良くみえなかったがどこまでも続いているのに違いなかった。

いずれにせよ、今の身体では入ることはできないのだろうが。

俺がどこから落ちてきたのかはこの世界がずっと夜のママだったのでどうしてもわからなかった。

この世界は前いた世界とあまり変わらないようだった。

鳥が花に変わって昼が夜になり中心に同じような大きな穴が開いていて俺は蛇のままだった。

そのうちまた脱皮するかもしれないと思って花をたくさん食べてみたが俺はなににもかわらなかった。

そうやって随分たったころに俺は小さな髑髏を見つけた。

それはすっかり砂の中に埋もれていてたまたまその上にあった花を砂地ごと食べて口のなかに入ってきたのだ。

おもわず吐き出した髑髏はあたりまえのように文句をいった。

「ここではこうなのよ!だからだれも相手にしてくれないんだけどそれでもいきなり吐き出すなんて酷すぎるわ!」

髑髏は俺のまわりをコマネズミのようにくるくる周りながら俺を批難した。

「あんたが来たいっていうから連れてきてあげたのにどういうことなの?それともここが気にいらないの?」

気にいるもなにもない、ここは前居たところとなにもかわらないからだ。

「おんなじよ!決まってるじゃない。だってここは連続したおおきなつながりにすぎないもの。その穴をくぐってもいいけど前居た場所にもどるだけよ。」

別にもどりたくはなかった。

どちらにいてもただ曖昧に時間が流れるだけのコトだからだ。

「ここでは時間も意味をもたないわ。時間は絶対的な約束ごとではないの。だって意味がないでしょ?」

約束?

「ここでの約束ごとは重力だけよ。上から下に落ちる、たったそれだけなの。それが全てを決定していて他のコトは全部それに引き摺られているの。」

良くわからなかった。

「砂時計なのよ。とても簡単にいってしまえば。でも似ているだけのことでそのこと自体にはたいした意味はないわ。穴のなかは永遠に支配されているのよ。そのまま時間をすごしてしまうと私もあなたも灰になってしまうかもしれない」

髑髏は漸く動きを止めて俺と向かい合った。

「砂時計は穴の大きさや傾きで時間をコントロールできるわ。もちろんこの世界はそんなに簡単にできていないけど重力に支配されていることはおんなじなの。」

だから?

「私はそれに従って時間を短縮したのよ。あなたが望むのならどんどん時間を進めてもいい、でもなにもかわらないと思うけど。」

だったら時間を進めて欲しい。

なにも変わらないとしてもこの先を見てみたい。

この世界が行き止まりの世界というなら尚更だ。

俺がまたなにか別のモノに変われるなら少なくとも今のママよりはいい。

それにもしこの先があるとすればそこにしか答えは残されていないだろうから。

「わかったわ。ただ言っておくけどここでの時間は一方向へしか進まないわ。一度前へ進めた時間は2度と元へは戻らないの。そのことだけは忘れないでね。」

髑髏は一瞬少女に戻った。

そのまま穴のなかに落ちていったが俺は今度は追い掛けなかった。

時間は約束どおり短縮され俺は何度か脱皮して黒い山犬になったり大きなカニになったりしたがそのうち望む姿を手にいれることが出来た。

俺は小さなコウモリに脱皮したのだ。

もし、この世界になにか出口のようなものがあるとすればそれはこの世界の一番重要な約束ごとである重力に縛られたものしかありえないだろう。

俺は前の世界からこの世界へきたのはこの夜空からだった。

それでも帰るには穴を落ちるしかないのなら空のどこかにあったはずの出口はこの世界の裂け目である筈なのだ。

それはこの暗い空のどこかにあるはずだった。

どれだけこの姿でいられるかはわからなかったが俺はただただたかく舞い上がった。

眼下には広大な花園が広がり空気はどんどん冷えて息を凍らせた。

薄い飛膜のなかをながれる血管の血が必死であえいでいた。

やがて飛膜に霜がはりつきもう飛んでいるのか、落ちているのかもわからなくなってきたがそれでも俺は羽を動かしていた。

目にはもう何も写らなかった。

夜ばかりが広がっていて俺は冷たい水の中をもがくようにまだ飛び続けていた。

その感触ではじめてここに来た理由を憶いだしていた。

俺は本当にいろんなモノを犠牲にしてやっとこの世界の果てにやってきたのだった。

そのなかには俺の子供もいたはずだった。

契約のために冷たい水の中に沈めなければいけなかった。

その顔が脳裏に張り付いて忘れることができなかった筈だ。

目が溢れだした涙で一瞬で凍り付いて次の瞬間粉々にくだけちった。

それでも俺は世界の果てにいくことを願望したのだ。

もし、そんなものが存在するならと。

契約者は嘲りながらいった。

それはおまえが理解できるものではないと。

少女の首が笑っていた。

彼女は契約者であり水に沈んだ俺の娘だった。

騙されたわけではない。

俺は世界の果てで目を醒まし、そのままそこの住人として永遠を生きる権利を手にいれることができたのだ。

だがそのことが思いだせなかったのだ。

この世界の入り口で鳴らされる忘鐘のせいだ。

それで俺は全てを忘れこのそれでやっとこの世界へ入る資格を得たのだ。

俺は多分水の中に沈んでいる娘のもとへ帰ろうとしているのだろう。

俺はこの世界の約束ごとから逃れもといた世界へ戻りつつあるのだ。

それがどんな結末であれ俺はそこへ帰るだろう。

それが俺がもとめてやまなかった彼岸であることに今やっと気がついたからだ。

  

 

 

俺がもといた世界にやっと辿り着いたとき俺は虫に姿を変えていた。

最後の最後で俺はまた脱皮させられてしまったのだ。

だが全ては終わっていた。

世界は全てが灰燼に帰していたのだ。

この世界での時間は絶対な約束ごとなのだ。

帰るにはあまりにも膨大な時間が経ち過ぎてしまっていた。

娘の亡骸も沈めた水槽もなにもかも灰塵になって潰え去り虫である俺が生き残れるような環境ですらなくなっていたのだ。

俺はこの世界に突然現れた唯一の生者であり観察者だった。

直に死ぬだろうが死ねば嫌でも戻ることになる。

契約は永遠に続くのだ。

俺は死んであの世界を舞う無数の鳥の一匹になるのだ。

死者にとって時間はたいした意味を持たない。

あの世界において時間が大きな意味をもたないのはあれが死者の国だからだ。

俺は永遠に誰かに食われるための鳥としてあの空を舞うのだ。

唯一重力に逆らえる存在として。

だがそのことを理由をしることもなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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彼岸ははるかかなたにあり

 

砂に埋もれた足が夜を欲しがっている

 

たくさんの鳥が花をばらまく

 

落ちてきた夜は水面にうつる月だ。

 

揺れている夜の雲が

 

おまえを隠している

 

心が

 

花に埋もれて

 

気持ちがいいのか

 

月は見えないように夜を隠す

 

窓には何も写らない

 

死んだ子供達は

 

安らかに

 

水の中にいる

 

ここには

 

夜があるだけだ

 

船をだそう

 

月の向こうに

 

彼岸がまだ明るいうちに

 

 

 

 

 

 

++++++骨のナカの悪魔++++++

 

 

時間はガラスのナカで作られている。

それはもうヒトが生まれる前のはるか古(いにしえ)から。

ガラスは本来固体ではなくて液体なのだ。

ただ、時間の流れが他のものと違うから固体のように見えるのにすぎない。

それはガラスのなかで時間が作られているからでそのためにズレがどうしてもできてしまうからだ。

ガラスのなかで時間を紡ぐのは<骨のナカの悪魔>にあたえられた仕事だが彼等も万能ではないということだ。

 

古代において時間の流れがゆるやかだったのは当時なにかしらの偶然によってでしか作られなかったガラスがあまりにも少なかったからだ。

だからそんなにたくさんの時間を作ることができなかったので時間はあまり多くなく、そのため今のように早く流れることができなかったのだ。

 

ガラスのナカにはタクサンの白く乾涸びた骨が転がっている。

それは悪魔や神に言葉巧みに惑わされガラスに引き込まれてしまった人間達の哀れな骸だ。

その骨のなかに悪魔は住み着いていてガラスのなかに引き込まれた哀れな人間を使って時間を紡がせている。

ガラスのなかはいつも夜で足下をとても冷たい水が流れている。

たまに差し込む光は月光のようであり、無惨に積み上げられた骨が森林の木立のようにみえる。

 

そのなかで捕らえられた人間は足下から水を体内に吸い上げ時間へと変える。

その課程で水と同化し時間へと変換されてしまう体内の水分のせいでその人間はどんどん乾涸びていき、やがてはささくれた骨になってしまう。

そうすると<骨のナカの悪魔>は時間を紡ぐことができなくなるのでまた哀れな犠牲者を得るために眷属である神や悪魔に依頼して次の犠牲者を自らのガラスへと封じ込めるのだ。

 

しかしそこから逃げる手立てがないわけではない。

吸い上げた水をつかって時間以外のものになればいいのだ。

それはそれはいろいろなものになれるだろう。

なにになってもいいし、なににでもなれるだろうがそれが自らを封じ込めているガラスを割れなければ意味がないということを覚えておかなければならない。

 

なににでもなれるがなれるのは一度きりだ。

なにしろなりたいものを一念に思い続けそれに変化していくのは大変なことなのだ。

失敗は許されない。

 

ガラスを撃ち破り外に飛び出すためのなにかだ。

試したことはないが別に生き物でなくても良かったのかもしれない。

そう、兎に角強くて固いなにか、それがあのいまいましいガラスを撃ち破るのだ。

 

<骨のナカの悪魔>のことはそんなに気にしなくてもよい。

あれは観察者のようなものでただそこにいるだけの存在だからだ。

 

問題はガラスを割って呪縛から逃れたアトのコトだ。

なにしろガラスに入れられた段階で肉体はそれまでのもとは全く違うものに原子単位で変質させられているのだ。

しかもそのガラスのなかでガラスのなかを流れる水を使って違うモノに自らの意志で変化してしまった以上、外の世界では存在のしようがないということにもなる。

多分これはガラスのなかにいた時間なども大きく影響するのだろうが残念ながら詳しいことはわからない。

ただ具体的にいうならなんとかガラスをうちわって呪縛を逃れたのだが、今の自分は霊魂のある小石のようなものにすぎないということである。

なにしろ神との約束をもたがえたことになっているのか救済さえもないので死ぬことさえもままならないのだ。

 

だが、いずれはなんとかなるのではないかと考えてはいる。

少なくともある程度の人間には一方的だがこうやって思念を送りつけることができるからである。

つまりこれは警告でもあるが救済を乞う要請でもあるのだ。

 

だれか、だれでもいい。とにかく助けてくれ。

俺はすぐそこにいる。

だが、見えるのだろうか?

もし、みえなければ硫黄を焚いてくれ、そうすれば苦しくて俺は咳き込むだろう。

おまえが見える範囲でおかしな動き方をする地虫や土塊のようなものがあれば間違い無くそれが俺だ。

もし、見つけることができたら必ず迷わず踏みつぶしてくれ!

気にしなくいい。

とにかく俺はその方法でしか自由にはなれないんだから。

救済とはつまりそういうことなのだ。

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その虫ともトカゲともつかない小さな生き物は硫黄の煙のなかから沸きでてきたようにさえ見えたのですぐそれとわかった。

黒っぽい細長い身体に不釣り合いなぐらい小さな手足と飛び出した青い眼球を持っていた。

それでも背骨に沿って小さくて固い突起が整然と露出していてその鈍く銀色にひかる様が奇妙に美しくて私の目をひいた。

私は身体にスイッチをいれるのには苦労したが何の躊躇もなくそれを踏みつぶした。

靴のそこに奇妙な柔らかさの感触を楽しみながら足下にひろがる紫色の染みを眺めているうちに気付けば私は取り込まれガラスのなかで悪魔に飼われていた。

救済の意味を漸く理解し、悪魔に飼われたモノもまたその眷属になることがわかったのは暫くして自分もその眷属の一部になってからのことだった。

別にでもそれはあまりたいしたことに思えなかった。

これはわからないがヤツのいう救済が死を意味したものならそれはどうでもいいことだったし、もし私になりかわっているとすればそれはそれで多大な苦痛をなめているにちがいないからだ。

私はその苦痛から逃れようにもいろいろな人間の思惑に縛られて死を選ぶことさえできない状態だったからだ。

だから今のこの環境は快適とはいえないまでも苦痛や様々な思惑から解放されただけでも随分ラクなものだった。

当分はここにいるつもりだ。

彼等の眷属としてここで過ごそうとおもう。

踝を洗う水は冷たく鮮烈で時折差し込む光は月光のようだ。

青白くひかる骨は森林の木立のようであり、ここではだれも私の思索を邪魔するものはいない。

冷えきった空気を吸い込みながら私は私の思念のなかに生きている。

もう、生まれてからこのかたずっと私をしばり続け歪んでまともに動こうとさえしない身体もそれにまつわる煩わしい家族のことも嘲るような同情に満ちた他人の目もなにもかもが意味を失ったのだ。

ここは私のような人間に用意された理想郷だといえるものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

+++++百夜祭夜話+++++

 

 

 

 

彼が生まれたのはそこが出来た時のことだからそれから一体どのくらいの時が流れているのか彼自身見当もつかなかった。

 

もし、そこに昼と夜があれば数えることもできただろうがその世界は始まってからずっと夜ばかりだったのでそれすらもできなかったのだ。

 

彼は自分がなんであるのかもいまだに理解できていなかった。

 

少なくともこの世界で彼のような生き物は彼だけで他のどの生き物とも違っていたからだ。

 

他の生き物はいずれ動かなくなって死んでしまうのに彼は死ぬことすらできなかったのだ。

 

そうやってあまりにも長い時を生きるウチに彼は彼なりの知性とでも言うべきもの、あるいは言語というようなものを介在した思考体系を身に付けていた。

 

感情ももってはいたがそれをちゃんと理解できているかどうかは彼自身にもわからなかった。

 

彼の世界は深い海底に限られていてそこから離れることは非常な苦痛をもたらしたので彼はいつも一番深い海をたった独りで彷徨っていたのだ。

 

数限りない命を食いながら彼はずっと ただ 生きていた。

 

死ぬことができないのだから食う必要もなかったのかもしれないが食わないことも彼に非常な苦痛をもたらしたし、食うことは刺激的で喜びにちかいものだった。

 

だから彼は食い続けただただ彷徨っていた。

 

でもそこにはいろんなモノが落ちてきて彼の前に横たわったので時間を持て余すということはなかった。

 

海の上には彼のしらない世界が存在し沢山の言語と知識があることを彼はそれらのものから学習していった。

 

彼はそれらの知識から自分が独りであることをいや応もなく思い知らされた。

 

彼は仲間が欲しいと願った。

 

それはとても強く。

 

独りであるということと仲間を得たいという思いは彼の感情をとても大きく震わせるものだったのだ。

 

長い間沸き上がって来なかった感情がはじめて大きなアタマをもたげたのだ。

 

彼は海底のあちこちに転がっているものから仲間を作る方法を捜し始めた。

 

唯一の喜びだった食うことも忘れて彼は没頭した。

 

やっと見つけた方法は地上の住人にも邪法として封印されているようなものだったが彼はやっと見つけた方法は地上の住人にも邪法として封印されているようなものだったが彼は多くの命を使って途方もない努力の果てにやっとそれを成し遂げた。

 

いったいどれほどの命がこのたったヒトツの作り物の命のタメに壊されたかわからかったが、そのこと自体は彼にとってどうでも良く気にもならなかった。

 

彼は彼自身がはじめて作り出した新しい命に熱中し、それに集中した。

 

彼が作り上げたものはニンフとでも言うべきものだった。

 

でもそれは抜け殻のようなものでただ生きているだけのシロモノにすぎなかった。

 

彼はそれでも根気よくいろいろなコトを伝えようとしたが言葉も思考体系もそういったものを吸収しようという意志さえも持たない存在にたいして彼はあまりにも無力だった。

 

とてもとても長い時間をかけて彼はそれに集中していたがとうとう諦めてまた海底に泳ぎだしてしまった。

 

一緒にいればいるほど辛くて辛くて仕方がないことにやっと気がついたからだ。

 

彼は海底を彷徨いながら前よりももっと自分が辛いのがとても良く理解できた。

 

知らなかったことを知ることで彼は自分がどうしようもなく独りであることをはじめて感情に突き立てられたのだ。

 

彼はしばらく食うこともやめその苦痛を味わっていた。それは堪え難い苦痛だったが他のもっと堪え難い苦痛よりずっとマシだったからだ。

 

置き去りにされたニンフはなんで生まれたのか、作られたのかを理解することはしなかった。

 

自分の感情にだけ従っていればそれでよかったのでただそのままに存在しつづけていた。

 

おもむくままにそこにいる生き物と遊び飽きればなぶりころした。

 

ニンフは食う必要さえなかったから、生き物はただ自分の気紛れのオモチャにしかすぎなかったのだ。

 

もし、食う必要があったらニンフにももう少しいろんなことを理解できただろうがそれさえも与えられなかったのでどれだけ長い時間が経過しようともニンフはニンフのままだった。

 

老いることもなく永遠にニンフは美しい生き物だったが誰もそれを賞賛するものはおらずニンフもそのことを理解できないままだった。

 

ただ、ニンフを認識することのできる生き物はすべて惹かれ群がるのでニンフは遊ぶ相手に困らなかった。

彼等はたとえカラダを引きちぎられてもニンフのソバから離れることはなかったからだ。

 

 

ニンフは神と変わらなかった。

気紛れで残酷だが自身はそのことを全く理解できない。

 

 

ときどき海底から離れて海上へでようともしたがそれはどうしてもできそうになかった。

 

きっと身体を構成しているものが海底の生き物だからでそれが約束事だったのだろう。

 

だからニンフもやはり海底を彷徨うしかなかった。

 

それはそれはたくさんの命を壊しながら。

 

 

そうやってまた、ナガイナガイ時間がたって上からなにも落ちてこなくなったころ、偶然ニンフは彼を見つけた。

 

彼はもはや食うことをすっかり止めていたので前とはすっかり違う姿になっていたからニンフには彼を認識することはできなかった。

 

彼はニンフのことが分かったが自分の感情までは理解できなかった。

 

彼はとても弱っていてただ生きているだけの岩のような存在に変わり果てていからだ。

 

だから自分のことさえあまり思い出すことができなかった。

 

だからニンフを見た時に沸き上がってきた感情が怒りなのか喜びなのかあまりわからなかったし今の彼にはどうでもいいことだった。

 

 

ニンフははじめてみた海底のいままでのどんな生き物とも違う生き物に熱中して暫く遊んでいたがだんだんつまらなくなってきたので動かない身体のあちこちを壊し始めた。

 

ゴポゴポと音をたてて身体のあちこちが外れ彼はだんだん小さくなっていった。

 

けれどそれでも彼は死ななかった。

 

最後にはとても小さなカケラのようになってしまったがそれでも彼は死ねなくてヒトツだけ残った一番小さな目玉でニンフを見ていた。

 

 

彼がバラバラになっていくにつれニンフも少しヅツ解れ始めていたのだ。

きっとそれもヤクソクゴトっだたのかもしれない、ニンフは結局彼のなかのなにかに支配されていたのだろう。

 

 

 

彼がバラバラになってまわりにいたいろんな生き物が彼の肉片を食べていたがそれは辛いことではなかった。

 

それよりもニンフがまるでたくさんの糸がほぐれるように消えていく姿がいままで味わったコトのない感情を彼に与えて彼はそれに酔いしれていた。

 

それはいままで知らなかった不思議な感情だった。

 

彼はその感情に酔いしれているところをなにか大きな生き物にヒトノミにされてしまったがそれでもまだ生きていた。

暖かい消化液がゆっくり彼を溶かしたがそれでもまだ生きていて感情の虜になっていた。

 

生き物の体中をめぐり排せつされて海中を漂うチリのようになものになってもまだ感情のなかに埋もれていた。

 

でもどうしてもその感情がなんであるのかもう理解できなかった。

 

やがて星がこわれ彼ももうなにも考えることもできなくなったいたがその感情だけはまだ残っていて真空の海に永遠に続く時間のなかに存在しつづけていた。

 

それはその星がそこにあった証しのように。

 

                 

                   永遠に  

 

                 

                   とても

 

                 

                   とても

 

                 

                   長い夜を。 

 

 

 

 

 

 

++++無記名な時間への証明++++

 

 

ヒトは沢山の真実のなかで暮らしているがその全てがヒトにとって真実というわけではない。

 

あまりにも沢山の真実のナカでやっと心に届いた僅かのもののみが真実になりうるのだ。

 

幾万もの夜を超えて貴女の心にどれだけの真実が届くのだろう。

 

この彼岸に辿り着くために言い様もない長く膨大な時間が横たわっていてそれを乗り越えるのにどれだけの涙を流したことだろうか。

でも彼岸の彼方を渡ってしまえばそれはただ一瞬の時間にしか過ぎなかった。

過去という世界はいまはときおり鈍い痛みを呼び起こすだけのしろものになってしまったとでもいうのだろうか?

 

それでも戻りたいと想う時が有りその焦りと苛立ちが背中を焦がし続けている。

 

私は誰でもなく宛先に記されることのない無記名の人間である。

 

どこのだれでもないことが私の存在の全てである。

 

ありとあらゆる人間を演じ、その場その場の狂躁のなかにのみ存在してきた。

存在は時間へと流れ、ありとあらゆる全ての出現を待ち望んでいた。

 

多分それが真実であり、流れに流されることが出来ずとどまり続け遂には名前さえ削り取られてしまった個人が私そのものである

 

そして真実はその刹那から流れ始める、全ての滞った足下から。

 

うんと低く踝を舐めるように

 

そして真実はゆっくり崩れ湿りながら流れ始める。

 

私は真実である。それも積み上げられることがないほど沢山の。

 

何もかものこさず崩れ分解していくのは辿り着くためである。

 

幾百の昼を超えもう一度膨大な夜を超えて辿り着くためである。

 

しかしその先に待っているのは月だ。

 

しかも月は長い間私を囲っていたのだ。

 

月神は時間を理解することができなかったから

 

それで夜ばかり数えていた。

 

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ end

 

 

++++月について++++

 

死んでいるのは月ではない

 

それはここに暮らしていないおまえだろう

 

私は

 

酔って

バイオリンを弾く

高く

あまりにも

高く

月がありすぎるので

夜は

降りて来れないのだ

 

しかしそれですらいつも唐突に闇は始まる

 

夜だ 

 

とても冷えた空気がおまえの肩から忍び込むだろう

 

長い

長い

忘鐘を打つ音が聞こえる

 

だから

 

誰もいない庭で

ゆっくりと

花を折りながら

数でも数えていよう

 

少しでも上手く

弓が

弾けるように。

 

 

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