夜の衛兵

 

夜の衛兵1
夜の衛兵2
new!夜の衛兵 (2/12)

 夜の衛兵1

スーツの合わせ目(そいつはジッパーですらなくてそういう言い方しかできないが・・・)はみるみるウチに融合してあとかたもみえなくなっていた。
 呆れたことにこの最新式のアステロイドスーツは生きているのだ。
食料は俺のからだから出る老廃物だ。
 このスーツを着ているかぎり身体を洗う必要さえなかった。
 ただ脱ぐのが少し厄介だが・・(ある酸性の薬品でなぞるとそこから剥がれていく仕組みになっている。この薬品は自然環境には一切存在しないもので、複雑に組み上げられた分子配列は一種の鍵のような構造を備えたものだそうだ。)
 流石にヘルメットだけはただの機械仕掛けだったが、此れも1世代まえのものにくらべれば飛躍的に進化している。
 通信記録設備、生命維持機能、114種類の攻撃目標に対応した攻撃型触覚、微粒子状にヘルメット内側に塗布されたマイクロコンピューターチップ・・
 此れの前に使っていたやたら仰々しいのに比べればウソのようにコンパクトにまとまっている。
 今回の視察はこのアステロイドスーツのテストもかねたものであるということは俺達もうすうす気がついていた。
 なにしろU,Aよりさきにガードナーに配備されたということ自体あまりきかないことだし、なにかしらU,Aに配備出来ない理由が在ると考えたほうがこちらも納得しやすいからだ。
 俺がヘルメットを抱えたまま考え込んでるとミズキが俺の顔をみてにやっと笑った。
 ヤツもヘルメットをかぶるのを渋っているようだった。軽いとはいえ、ステーション最縁部の重力はかるく5Gをこえる。
 たかが1キロにも満たないヘルメットが5キロを越えてしまうわけだから、できるなら宇宙船のシートに身体を固定してからのほうがラクに決まっているのだが、勿論許されるはずもなかった。
 ガードナーのマニュアルは厳しく、守らなければすぐにU,Aのそれも最前線へ送られてしまう。
 俺達の生存能力では多分3日ももたないだろう。
 ガードナーであるかぎり先ず命の心配をする必要はない、それだけに志願してくる若者はU,Aのそれを遥かにしのぐのだ。

ガードナーの専用宇宙船は3人乗りの一番小さなやつだ。
 自らの推進力としてもっているのは、姿勢制御のための16×8の口径2インチにも満たないガスの噴出ノズルだけだ。
 つまりこいつは卵の形をしたただの殻で自分の推力では、真っすぐ進むことさえ出来ないのだ。
 だから、こいつのコントロールは各星間に構築された可変重力場にたよっている。
 それらの間断なく変化反発しあう強力な重力場によって弾き飛ばされるように目的地に到達するのだ。
 すでにU,Aが到達した殆どの星域にはこの強力な可変重力場がいたるところに構築されていて、更に要所要所に設けられたハイパートンネルが最大1,000光年単位での超光速航行まで可能にしていた。

ヘルメットをかぶると同時に通信がはいってくる。
 頭蓋を伝わってクスクス笑っている声は聞きなれたいつものやつだ。

「よぉ、またカラに乗るんだってな?」

「クリスマスには帰ってくるさ。ジョブ。」俺はシャンパンがグラスのなかで泡になっていくさまをぼんやりと思い出していた。

「へっ、じゃぁ、そいつで送りだしてやるよ。」ミズキがなにか言おうとしたがその前に通信は癖になっているクスクス笑う声を残して途絶えていた。
 ヘルメットのマスク越しにミズキが仏頂面をしているのがわかる。
 俺はミズキの不機嫌をムシしたまま所々黄色い塗料の剥げた錆びたレバーを引き上げた。
 鈍い金属の擦れあう音を立てて宇宙船がつながれている接続通路に通じる赤い減圧ゲートがゆっくり開いた。
 それとほぼ同時に背後の自動シャッターがおりるといきなりクラッカーが鳴り響いて、何十コかのシャンパンの栓が泡飛沫を残し、スローモーションで宙を舞っている。
 15メートル位の宇宙船までの接続通路の壁にはタキシードとドレスで着飾った沢山のオトコや女がはりつきクリスマスを祝っていた。

「ジョブのヤツ、なに考えてんだか・・・・」

ミズキがもう楽しそうだ。そりゃぁそうだろうこのステーションでこんなしゃれた見送りができるのはジョブだけだ。

この接続通路だけじゃなくこのステーションの大半の壁は土星から連れてきた発光性バクテリアで覆われている。
 まぁこいつらのおかげで、明かりには不自由しないですむわけだがまだ、一般の家庭ではまだ、こいつらを飼うことは出来ない。
 理由は簡単だ。
 こいつらのエサがある種の音だからだ。
 だからこのステーションの壁は微弱な電流を音に変化させる非常に高価な塗料がぬられている。
 ジョブの様な天才にかかるとこの電流をコントロールし壁からピクセル単位で音を出すことが出来る。
 これのおかげで土星産のバクテリアをスキに光らせることが出来るわけだ。クリスマスパーティを壁絵がわりに作るくらいのことはジョブにとってスニーカーの靴ひもを結ぶことよりも簡単なことかも知れない。

俺とミズキはマスターキーとサブキーを使って宇宙船の殻のフタをあけ、シートに自分たちの身体を埋めるように固定した。
 うんざりするほどの確認条項のあと、ちょうど観覧車をそのまま横倒しにしたような格好で地上150メートルの高さで回転しているステーションのへりに固定されていた俺達の宇宙船はその回転にあわせ夜の闇に向けて射出された。
モノの何分かもしないうちに月の重力場につかまり、例の得体のしれない遺跡を高空からながめたあと、一気に太陽系をはなれ、途中なんどかの可変重力場のキャッチボールのあと、俺達は目的地の深宇宙へと放り出されていた。

 

 

月には不思議な遺跡があるが意味はわかっていない。

それは確かに存在するのだが、立証できない性質のものなのだ。

 

 

彼らが目的地として派遣された星は保護惑星という建前で運営されていて、一応は中立地帯ということにはなっていたが現実にはU,Aの管理下にあり、ガードナーにその管轄がまかされていた。
 星間戦争はU,Aが参戦するまでに既に地球時間で3,0000年以上が経過しており、比較的初期に参戦した文明のうちで、まだその文明形態を維持できているものなど皆無にひとしかった。既に名ばかりとなった戦争は比較的若い文明の間でだけ量的な殲滅戦という様相で展開され、極端な最前線をつくりあげていた。

保護惑星には、既に滅びた文明、荒廃し衰退して自らの居住惑星を無くした星人たちが集合して移り住んだものと、名ばかりの保護目的で捕虜収容所と大差ないものに大別でき、彼らの目的地は後者の方に属していた。

 

 

俺とミズキは宇宙船をカーゴに収納しロックすると、ステーションをでて、長老たちに合いに出掛けた。

ミズキは以前からこの星域の担当だったからどうってことはないだろうが、なにしろ俺には初めての星だったし、まだ、ハナシでしか聞いたことがない星人が居ると聞いて好奇心が騒ぐのを押さえられなくなったしまったのだ。
 ステーションから彼らの集落まで歩いてもそうかかるほどの距離ではなかったし、夕飯までには未だ結構間が合ったのも理由にくわえるべきだろう。

ミズキにしてもどうせ、生身の人間のいないステーションで記録を眺めているよりは、まだ星人タチの顔でも見に行くほうがいいに決まっている。

集落の入り口辺りはもう、俺達が来たのが伝わっているらしく、かなりな人だかりになっていた。


夜の衛兵2

 

ミズキは初めから面倒くさそうな奴にからまれていた。
そいつは身の丈3メートルはあろうかという大物でしかも身体中が頑丈そうなキチン質っぽいタイルのような皮膚で覆われている。
この保護惑星の居住環境から考えればかなり例外的な星人だった。
その巨大星人は青いガラスのような眼球を動かし低い唸り声をあげてミズキを威嚇していた。
ミズキはクスクス笑いながら俺を手招いた。
「いいから、ヤツの斜め後ろ位にたってみな!」
そう言って、ウインクして付け加えた。
「いいか、バレないようにな・・!」
向き直ると通話コムを正面の巨大星人に切り替えなにやら会話をはじめた。
どうやら注意を引きつけておいてくれるつもりらしい。

俺は、ミズキのいうとうりゆっくりと星人の斜め後ろに回り込んだ。

呆れたことに、斜め後ろからみれば、こいつは50cm程度のちっぽけで頭でっかちの虚弱そうな青褐色の星人にすぎなかった。
以前話には聞いたことがあるタイプで空間をレンズ状にゆがめて虚像を見せることが出来ると言われていたヤツらしかったが、ホンモノを見るのははじめてだった。
もし、俺がきいてたやつだとすると彼らの星はもう、2,000年以上も前に消失していて、僅かに残った住民達もその大半は食料か燃料になる運命をたどったと聞いている。

ただ、こういった星人のなかでは異常ともいえる繁殖力のおかげで、なんとか生き永らえることができたわけだ。
ちょうど、ミズキがいう斜め後ろ辺りを境にこの星人の見てくれは一変する。
もともと星ごと人工的に作り上げられたとの研究も在るくらいだから、(彼らの神話、伝承からの研究とあまりにも貧弱な精神性によるらしい)あまり、ここでの地位も高くないのだろう。
勿論彼は、目指す長老グループではない。
そのうち、本体のほうと目が合い、ヤツは心なしか気まずそうな表情をするとそのまま足下の砂地に潜って消えてしまった。
俺は後でミズキにどういう風に消えたのか聞くことにして、やたら、身体を触りたがる星人達をかわしながら目で長老グループを探していた。
「よぉ、面白かっただろ?」
不意にコムからミズキが話しかけてきた。
「ヤツはいつもああなんだよ。残念ながら、ここにはヤツ一人しかいないからな・・」
妙なことにコムにノイズらしいものがはいってきた。
「・・で・・増えると・手が付けられなく・・」
俺は一旦コムを切って空気通話に切り替えた。
途端に頭だけが治安の悪い植民星の雑踏の中にでもいきなり放り出されたように騒音のラッシュに巻き込まれてしまう。
いかにここの星人たちがお喋り好きなのかを物語るようにだ。
その中から、ミズキの会話の続きを追いかける。
「よ・・あ・・の・・にいるのが・・」
ミズキもコムの異常に気が付いたらしく空気会話にきりかえようとしていたが上手く行かないらしく、しきりに前のほうを指さしていた。

そこには、地下施設に繋がる小さなドーム状になった入り口があって、サイズの違う何人かの星人が立っていた。
ミズキに言われるまでもなく、長老グループなのに決まっていた。
結局空気通話はあまり役にたたないまま、俺達は長老たちと面会することになったのだ。

地下の設備はお世辞にも立派なものとは言い難かったが、これは別にガードナーが予算をケチっているからではない。
寧ろ、ヘタなステーションより遥かに金のかかった設備なのだ。
何しろ、生態系の違う星人がここだけでも42系統265種共存しているわけだから、それだけでもかなりむちゃな実験をしていることになる。

ただ、重力と大気の系統が近いというだけのことで、ここに集められているだけのハナシで、大半の星人達は生命維持装置から長時間はなれることが出来ず、しかもクスリ漬けだった。
現に目の前に座っている長老の一人は細長く乾いたつるのようになった手に握り締めた銀のケースを飲み物を口にするときさえ、決して放そうとはしなかった。この星で種の違う大勢の星人たちの代表者を勤めている精神的にも優秀なはずの長老たちもこの星ではその辺りの植民星の路地裏を根城にするジャンキー達と大差なかった。
でもこればかりは仕方がない。
この星はあくまでもガードナーの管理下にある保護惑星だからだ。
彼らは皆、星も文明も無くした漂流者のようなものなのだ。
我々が見捨ててしまえば誰も彼らを保護するものはいなくなり、貴重な種が滅んでしまうことになる。
ただ、いくらガードナーとはいえ戦争の度に増え続ける彼らのような星人たち全員に理想的な生存環境を提供することは不可能なのだ。
多少のムリが在るとはいえ彼らのように居住可能な惑星があるだけ恵まれているといえるだろう。
居住惑星のメドが立たない星人の場合、(あくまでも最悪の場合だが)遺伝子保存の為の分子レベルまでふくまれた解体処置が待っているだけのことだからだ。

「で、この暫く変わったことはなかったってわけだ?」

相変わらずミズキはぞんざいな口の聞き方をしていたが、どの道コムが適当に訳してくれるのでその心配はない。

「でもなぁ、なんだか、変だよなぁ。さっき記録見てきたけど、この3ターンで5人程死んでるだろ?

「伝染病かい?」

俺はそんなことなにも知らなかった。ミズキが来たがった理由をやっと理解していた。

長老達は微動だにしない。

「そうだ。理由がわからない。伝染病か、おまえ達のクスリのせいだろう。」

「そうか、そりゃぁ大変だな。伝染病の危険があるなら、隔離しないとな・・それから死体を調べないと・・」

ミズキは嫌みを言っていた。
星人達は皆身体を調べられるのを極端に嫌っているからだ。
たとえそれが死体であろうとも。
星も文明も無くしてしまった彼らにとって唯一の拠り所は自分の身体がもつ膨大な生物としての情報だけなのだ。
流石にこれだけはいくら保護惑星といっても無闇に犯されることはない。

唯一の例外は居住惑星がなく生存が不可能と判定された場合と、何らかの外的要因によって絶滅する危険のあるときである。
勿論伝染病はこのなかに入る。
只、異なる星人に片っ端からうつるような伝染病は今のところまだ確認されてはいないが・・。

「死体は残念ながらもう処理した後だ。万が一でも感染の危険があったからだ。期待に添えなくて残念だ。勿論、約束事にしたがって、記録が残してある。」

「そうだ。俺はここへ来て先ず、それを読んだんだよ。だから、ここへきてみたんだ。あんたらと旧交を暖めながら夕飯を食べるためじゃない。」

長老達は暫く席を外すといい、外に出ていった。

「いつの間に調べたんだよ?」俺にはどうしてもミズキがいつ記録を読んだのか解らなかった。

「ヤツに聞いたんだよ・・。」ミズキは考え事でもしているように気のない返事をした。

「ヤツって・・?あのでっかいやつか?」

「そう、あれは、俺の手足みたいなもんなんだよ。此処にいる奴等のなかでは一番低能だからな・・。

だから、誰も相手にしない・・誰も疑うどころか気にもしないって訳だ。」

「で?ヤツは、なんていったんだよ?」

「5人死んだって・・。でも理由は解らないらしい。ヤツもそれでひどくびびってたからな。」

「どうすんだよ。調べるったって記録だけじゃ、どうしようもないぜ。ヘタしたら死因も掴めないかも知れない」俺は以前読んだ他の保護惑星の死亡記録を思い出していた。それは死亡者の財産である身体的特徴には外見以外殆ど触れられておらず、死亡原因も衰弱としか表記されていないクソの役にも立たないしろものだった。

「だから、長老達のお隅付きを貰うのさ。今までのはもう仕方がないとしてこの次の死体は確実に俺達に調べさせるようにするんだ。」

「どうやって?」

「まぁ、みてなって。ヤツラのほうから折れてくるさ。ヤツラにしたってどうしようもないし、ヤツラもびびってるにきまってんだから・・!」

「どうして、そんなことが言えるんだよ?」俺にはミズキの自信がイマイチよく理解できなかった。

「言えるんだよ。どうしてか?少なくともこいつが伝染病か事故の類いじゃないからさ・・」
夜の衛兵3

その星はいつも夜に覆われていた。

ゴド−は生まれたとき、もう自分がなにをなすべきなのかを分っていたが自分がもとはどこの誰でどんな暮らしをしていたのかはどうしても思い出せなかった。
記憶のどこか片隅に自分の辿り着かなければならない風景があるのだがそれがどこに存在するのかということも同じ様に思い出すことができなかった。

だが、ゴド−のそんな思いにかまえるほどゴド−も生き残った星の住民たちも時間に余裕があるわけではなかった。

生まれたその日からゴド−の潜在能力を極限までひきだす実験と苛酷なトレーニングが彼をを待ちうけていたのだ。

ゴド−の過去に関する全ての資料はゴド−の合成に成功した時点で抹消されていた。余計なことをゴド−が詮索してトレーニングに支障をきたす可能性がないとはいえないからだった。
おかげでゴド−は自分につけられたゴド−という名前以外は引き出しの片隅にさえ存在しえないものであるということを受け入れる以外になかった。
大気層の厚さはもうその星の人間が生存しうる限界をわりこむ寸前まで薄くなっていて、この星が長い年月をかけて作り上げてきた科学も、強引に押し進められてきたこのプロジェクトで作り出されてきたこれまでの人為的な超人達もこの末期的な状況の進行速度をゆるめることさえできなかったのだ。

ゴド−が有していたのは時間に対しての能力だった。

それまでの物理的なあるいはもっと問題にさえならない精神的な能力者に比べればこの星の危機に対していくらかでも有効な力として期待されるのは無理もなかった。
ゴド−の誕生と能力は死滅寸前だったあらゆる報道システムを通じて星中に広まっており住民たちの期待と関心はゴドーに集中していた。
だが、それに比べゴド−は自分でも驚くほど覚めきっていた。
気になるのは脳のどこか片隅に焼き付けられているどこのものともわからない風景のことだけだった。
生まれてからずっと分厚い壁に覆われた研究施設に閉じ込められているゴド−にとって外の世界がどうなっているのかは知るよしもなかったが、合成される以前の記憶がまだ、いくらかは残っていたので、その絶望的なまでに荒れ狂う異常気象と住み家を追われ逃げ惑い流民と化したかつての同胞達の姿を思い出すくらいのことはできた。
しかし、どう、想像力をふくらませてみても夜、難破船のなかを逃げ惑う薄汚ないずぶぬれのネズミの大群くらいにしか考えることが出来ずゴド−はあまり彼らのことを考えないようにしていた。
合成されるまではかなり思い入れがあり進んで志願したはずだったが、今となっては志願の理由さえ思い出すことが出来なくなりそうだったからだ。
でも、これはゴド−に限って現れた現象ではなかった。
合成によって作られた人間は多かれ少なかれこういった傾向が現れるものなのだ。
感情の起伏が弱くなり、とくに同情心といったものが顕著にその傾向を示すようだった。
彼らは志願の動機すら忘れ、同胞達が眼前で無残な死をむかえたとしてもなんの感情も働かないのだ。
これは合成の技術的な問題によるものとされていたが、勿論原因を追求している余裕も必要もなかったので、合成の初期段階である種のウイルスを埋め込むことでこの問題に対処していた。
そのウイルスに対するワクチンをある一定の間隔で打ち続けないかぎりそのウイルスは速やかに暴虐的な死をもたらすのだ。
しかしこの手段をもってしても自らの死にさえなんの関心も示さない個体も存在したのであまり決定的な手段とはなりえてはいなかったが。
もともとこのプロジェクト自体かなり追いつめられて半ば自棄的になったこの星の学者たちの一部が予備実験として、自分たちの好奇心を満足させるために始めたようなところがあり、当初は宗教家たちを中心にした見識者達の猛反発がおこったような代物だったのだ。
それを半ば強引にでも押し切って進めて来られたのはもう、この星の神々が彼らを見捨ててしまったことを当の宗教人達が認めざる終えなくなってしまったいたからにすぎない。

合成の技術は本来は処刑の手段として使われていたある種の寄生虫の酵素を利用して2人の人間を合成してしまうというものだったが、これすらも元は偶然発見されたものだった。

処刑で良く使われていたこの寄生虫はこの星の湿地帯に多く生息しているもので寄生主の身体に取りつくと長い時間をかけて自分たちの巣へ作り替えてしまうという性質をもっていた。
寄生されたまま放置しておくと最終的には濃紺色のぶよぶよした大きな水膨れの芋虫のようなものに成り果ててしまうというものだ。
水膨れの芋虫の様なものの正体は幼体とタマゴの群生した巣のようなもので、寄生された側はかなり最後のほうまで意識を持ち続けてしまうことからこの星の歴史のかなり始めのころから頻繁に使われた処刑道具だったのである。
その処刑の長い歴史の過程で、ある時、狭い湿った牢獄に押し込められ寄生された処刑者同志が寄生虫を仲介に融合してしまったことがあったのだ。
この自体に興味を示した当時の法医師達が寄生虫を丁寧に取り除いてみたところ、なんとか生き永らえることの出来た囚人は全く別の個体に変化をとげてしまったいた。
このことが情報として広まると盛んにこの実験が当時の宗教家とお抱えの法医師達の間で行われたが、すぐに禁制の邪法として封印されることになっってしまった。人道的な理由などではなく、合成されたものの中に超能力を持つものが出現することがわかったからだ。
これは彼ら宗教家にとってはなはだ都合の悪いものだったからだ。
当初宗教家達が反発したのはそういった背景もあったからだが、既にこの星の科学がこの星の生物達がごく目前に迎えようとしている絶滅をさけうる有効な物理的な方法をなにひとつ持ちえていないことがはっきりしている以上、いかに無謀であれ、禁断の邪法であれ、もうこれ以外になんの方法は残されていなかった。
人為的な神(超人)を作り出し、それに救済してもらうこと、ゴド−はそのために志願した大勢の殉教者の成れの果ての一人にすぎなかった。

 

ゴド−に課せられた願いはこの星に永遠の未来をあたえることで、その時点で生残った全ての人民の命を守ることだった。

そして、ゴド−が獲得した能力は時間を操る力だった。
約束の日、(それを決めるのはすっかり権威失墜した宗教家達の最後の仕事だったが)ゴド−は合成されてから初めて厚い外壁の外へ連れ出された。
真っ暗な夜のなか、荒れ狂う強大な風と体中を打ち付け、丁寧に敷き詰められた石畳のうえで粉々に砕け散る氷の雨をみつめているうちにゴド−は怒号のように唸る風の音が自分の名を呼び続ける無数の人間の声であることに気がついた。
空は低く大気がうねり終わることのない夜がこの星の最後を告げているようだった。
成功すればウイルスを身体から取り除いて貰えることになっていたが、ゴド−にとってそんなこと別にどうでもよかった。それよりも一刻も早くこの場を去りたいだけだった。

ゴド−は意識を集中し、能力を解放してやった。
いつでもそれはゴド−にとって最高の快感だった。

だが、彼らの願いを叶えたにもかかわらず、誰一人ゴド−を称賛するものはいなかった。
ゴド−は合成されてからはじめて味わう妙な気分にとらわれていたが、暫くしてその正体を理解した。
失望したのだ。
ゴド−は時間の狭間を作り出すと、そこに身体を潜り込ませた。
ここを通ればどこへでも行けることをゴド−は研究者たちとのトレーニングで知っていた。

ゴド−は星の住人たちとの約束をちゃんと守ったのだ。
だが、誰一人それに気がつくことはないだろう。

ゴド−がこの星の時間の流れ方を変えてしまったからだ。
彼らとの約束を守るにはそれしかなかったのだ。

残されたこの星の住民達はゴド−が力を解放したその瞬間の僅かな時間を永遠に行き来するのだ。
時間は何度も何度も繰り返すことだろう。
ゴド−が力を解放し、失望して時間の狭間に姿を消すまでの瞬くような一瞬の時を。
なにも理解できずに只、祈り、そして永遠に繰り返すのだ。
ゴド−の力はこの星を包む時間の流れ全体を変えてしまったのだ。
この星もゴド−同様、この宇宙から消えてしまったようなものだった。

続く

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