++++++骨のナカの悪魔++++++

 

 

時間はガラスのナカで作られている。

それはもうヒトが生まれる前のはるか古(いにしえ)から。

ガラスは本来固体ではなくてむしろ液体のようなものなのだ。

ただ、時間の流れが他のものと違うから固体のように見えるのにすぎない。

それはガラスのなかで時間が作られているからでそのためにズレがどうしてもできてしまうからだ。

ガラスのなかで時間を紡ぐのは<骨のナカの悪魔>にあたえられた仕事だが彼等も万能ではないということだ。

 

古代において時間の流れがゆるやかだったのは当時なにかしらの偶然によってでしか作られなかったガラスがあまりにも少なかったからだ。

だからそんなにたくさんの時間を作ることができなかったので時間はあまり多くなく、そのため今のように早く流れることができなかったのだ。

 

ガラスのナカにはタクサンの白く乾涸びた骨が転がっている。

それは悪魔や神に言葉巧みに惑わされガラスに引き込まれてしまった人間達の哀れな骸だ。

その骨のなかに悪魔は住み着いていてガラスのなかに引き込まれた哀れな人間を使って時間を紡がせている。

ガラスのなかはいつも夜で足下をとても冷たい水が流れている。

たまに差し込む光は月光のようであり、無惨に積み上げられた骨が森林の木立のようにみえる。

 

そのなかで捕らえられた人間は足下から水を体内に吸い上げ時間へと変える。

その課程で水と同化し時間へと変換されてしまう体内の水分のせいでその人間はどんどん乾涸びていき、やがてはささくれた骨になってしまう。

そうすると<骨のナカの悪魔>は時間を紡ぐことができなくなるのでまた哀れな犠牲者を得るために眷属である神や悪魔に依頼して次の犠牲者を自らのガラスへと封じ込めるのだ。

 

しかしそこから逃げる手立てがないわけではない。

吸い上げた水をつかって時間以外のものになればいいのだ。

それはそれはいろいろなものになれるだろう。

なにになってもいいし、なににでもなれるだろうがそれが自らを封じ込めているガラスを割れなければ意味がないということを覚えておかなければならない。

 

なににでもなれるがなれるのは一度きりだ。

なにしろなりたいものを一念に思い続けそれに変化していくのは大変なことなのだ。

失敗は許されない。

 

ガラスを撃ち破り外に飛び出すためのなにかだ。

試したことはないが別に生き物でなくても良かったのかもしれない。

そう、兎に角強くて固いなにか、それがあのいまいましいガラスを撃ち破るのだ。

 

<骨のナカの悪魔>のことはそんなに気にしなくてもよい。

あれは観察者のようなものでただそこにいるだけの存在だからだ。

 

問題はガラスを割って呪縛から逃れたアトのコトだ。

なにしろガラスに入れられた段階で肉体はそれまでのもとは全く違うものに原子単位で変質させられているのだ。

しかもそのガラスのなかでガラスのなかを流れる水を使って違うモノに自らの意志で変化してしまった以上、外の世界では存在のしようがないということにもなる。

多分これはガラスのなかにいた時間なども大きく影響するのだろうが残念ながら詳しいことはわからない。

ただ具体的にいうならなんとかガラスをうちわって呪縛を逃れたのだが、今の自分は霊魂のある小石のようなものにすぎないということである。

なにしろ神との約束をもたがえたことになっているのか救済さえもないので死ぬことさえもままならないのだ。

 

だが、いずれはなんとかなるのではないかと考えてはいる。

少なくともある程度の人間には一方的だがこうやって思念を送りつけることができるからである。

つまりこれは警告でもあるが救済を乞う要請でもあるのだ。

 

だれか、だれでもいい。とにかく助けてくれ。

俺はすぐそこにいる。

だが、見えるのだろうか?

もし、みえなければ硫黄を焚いてくれ、そうすれば苦しくて俺は咳き込むだろう。

おまえが見える範囲でおかしな動き方をする地虫や土塊のようなものがあれば間違い無くそれが俺だ。

もし、見つけることができたら必ず迷わず踏みつぶしてくれ!

気にしなくいい。

とにかく俺はその方法でしか自由にはなれないんだから。

救済とはつまりそういうことなのだ。

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その鮫のような小さな生き物は硫黄の煙のなかから沸きでてきたようにさえ見えたのですぐそれとわかった。

それは硫黄の煙の中でみるみる干涸びて行った。


私は身体にスイッチをいれるのには苦労したが何の躊躇もなくそれを踏みつぶしたのだ。

鮫の首は外れ背骨を引きずりながらそれでも生きようともがいていたが私はもう一度念入りに踏みつぶした。

靴のそこに奇妙な柔らかさの感触を楽しみながら足下にひろがる紫色の染みを眺めているうちに気付けば私は取り込まれガラスのなかで悪魔に飼われていた。

救済の意味を漸く理解し、悪魔に飼われたモノもまたその眷属になることがわかったのは暫くして自分もその眷属の一部になってからのことだった。

別にでもそれはあまりたいしたことに思えなかった。

これはわからないがヤツのいう救済が死を意味したものならそれはどうでもいいことだったし、もし私になりかわっているとすればそれはそれで多大な苦痛をなめているにちがいないからだ。

私はその苦痛から逃れようにもいろいろな人間の思惑に縛られて死を選ぶことさえできない状態だったからだ。

だから今のこの環境は快適とはいえないまでも苦痛や様々な思惑から解放されただけでも随分ラクなものだった。

当分はここにいるつもりだ。

彼等の眷属としてここで過ごそうとおもう。

踝を洗う水は冷たく鮮烈で時折差し込む光は月光のようだ。

青白くひかる骨は森林の木立のようであり、ここではだれも私の思索を邪魔するものはいない。

冷えきった空気を吸い込みながら私は私の思念のなかに生きている。

もう、生まれてからこのかたずっと私をしばり続け歪んでまともに動こうとさえしない身体もそれにまつわる煩わしい家族のことも嘲るような同情に満ちた他人の目もなにもかもが意味を失ったのだ。

ここは私のような人間に用意された理想郷だといえるものなのかもしれない。

 

 

 

 

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