星の夜

プロローグ

                  

その星は、奇形者であふれていた。理由は、おそらく複合的なものであろうが、とてつもなく絡み合った汚染と巧みにしつらえられた検疫さえすりぬけることのできる食品添加物の所為にされていた。だが、20年ほどまえに、その星の学者たちは、それまでの定説に異論を唱えた。その時に学者達が導きだした結論は、「星の寿命について」という共同論文にみることができる。それは、冒頭こう謳っていた。

「星はその命をおわろうとするとき、自らが生み出した最大の所産である生命を守るため、その生命に更なる進化を求めるのである。その命を新たな宇宙への種とするために。」

この論文が星の住民達に与えた影響はおおきかった。彼らの社会システムが根こそぎ変わってしまったのだ。もともと汚染のせいで安全に棲めるところがすくなく、其れを巡っての紛争がたえなかったのが、其れを機に一気に沈静化へと向かった。それどころかあれだけ細分化しいがみ合っていた宗教団体までもが、矢継ぎ早に和解をはじめ、統合一体化をはじめる団体までもがすくなからず存在したのだ。大方の住人は、良い前兆としてこの学者主導のかなり無理のある変動をうけいれた。少なくとも、紛争によって生じるこれ以上の汚染と殺戮は、本当に彼らを滅ぼしかねなかったからだ。ぎりぎりのところの選択で、他のなにものも入り込める余地はなかった。世界は突然の平穏を取り戻し無数の混乱と矛盾を生み出したが、20年という時間と統合されつつあったいくつかの力のある宗教団体が、学者達の考えを積極的に教義に取り入れたことで多くの矛盾を抱えたまま、世界は奇妙な安定期を迎えていた。  

        

 

少女の家族といえるのは、年老い奇形化した祖父だけだった。勿論、親がいたはずだったが、それがどうなったのかは彼女に知らされていなかった。それでも彼女は、屈託なく明るく何より奇形化していなかった。しかも知能も高くあまり強くはなかったが、精神をシンクロさせることができたので、委員会も彼女の街への受け入れを前向きに見当しはじめていた。このまま15歳をすぎるまで奇形化しなければ間違いなく彼女は、街にすむことができるのだ。街のことは小さいころから散々祖父に聞かされていいところだと思っていたが、祖父を置いていくのはまだ幼い彼女にとって随分つらいことだった。だから、彼女は時間をおそれていた。時は、かならず自分を1人にすると思ったからだ。だが時は、彼女だけの問題ではなかった。

小さいころから、少女と一緒に育ったカイという男の子が近所にいた。でも、生まれたときから重度の奇形者だったカイが、彼女と一緒に街にいくためにはかなりの危険を犯さねばならなかった。街に入れるのは、奇形のないものか、奇形があっても優れた能力者に限られていたからだ。しかも奇形のないものは、婚姻して子孫をのこすことが出来るが、奇形者にその権利はない。もし子孫を残すことを望むのなら実験体として肉体を遺伝子の単位から分解、分析され、あくまでも奇形がでないという確認がとれた時点でのみ自分の身を捨てて子孫だけを残すことが許されるのだ。しかも生まれた子供は街に管理され、また次の遺伝子提供者としての生が待っているだけだった。さすがに自分の肉体を分解されてまで(生まれても実験動物にすぎない)子孫を望む奇形者はいなかったが、時折常体者と関係を持ち街を逃げ出すものは少なからず存在した。

カイは、優れた知能をもっていたが、それだけでは委員会の審査に通らないことを良く理解していた。それで彼女には黙っていたがカイも12歳を数えるころから薬を使いはじめていた。自分はともかく子供だけでも街に住まわせようとする他の多くの親たちと同様に。この安価な薬の効果は、いたって簡単で強力だ。より強い奇形を引き起こすその副作用として潜在している能力を引きだす、というものだ。バイヤー達は、<進化のための新たなる命>だといい、殆どの奇形化した子供を抱えた親たちは、祈りを捧げるようにそれを我が子に飲ませた。その所為で、外の人間の奇形化は深刻で委員会の取り締まりも決していい加減なものではなかったが、薬の常用者もバイヤーも後を絶たなかった。

カイは焦っていた。もう、2年近くも常用しているのにさして効果があらわれてこないからだ。同い年で早々と効き目があらわれ、委員会に認められパスを申請したものまでいるのに、自分はまだ審査会にさえでることが出来ないからだ。それでも奇形化の果てに死んでいった他の多くの子供たちよりはまだずっと恵まれていた。もともと肥大していた頭部がやや膨れただけで済んでいるのだから。カイは彼女と一緒にいたいだけだった。それが恋かどうかを認識するにはかれはあまりにも幼すぎたが、彼女とわかれて暮らすことはカイには考えられないことだったのだ。

少女のほうもカイの気持ちをなんとなくは理解していた。精神をシンクロさせることができたのでそれとなく分かってはいたが、祖父に対する思いとの差が漠然としてあまりよく掴めなかったのだ。彼女もまた幼すぎたのだ。それでもカイが街に入りたがっているのも、薬を常用していることも知っていたが、彼女にはなにもできなかった。

カイは薬を強い物へと変えていた。少女の審査会は、目前に迫っているのに自分には能力を予感させるなんの前兆もないからだ。何か思い切った行動にでる必要があり、カイは其れを求めて殆ど家に帰らなくなっていた。

少女が、久しぶりにカイをみたのは、それから2ヶ月も経過した雨期の終わり頃で、毒々しい濃緑色の雨が、通りを濡らしているときだった。その雨に濡れた敷石の隅でカイはうずくまったまますこしも動かなかった。驚いた少女が、駆け寄ったところでカイは初めて口を開いた。

 コレハ、ミソギナンダ、ヒツヨウナコトダカラオビエナクテイインダ、

少女は殆ど動く事の出来ないカイを引きずるようにして、やっと雨のあたらないところまで移動させると急いで祖父を連れに家に戻った。でもどこを探しても祖父が居ないので、無駄だとは思いつつもカイの親に知らせにいった。

カイの父親とも母親とも分からない明かりのない部屋中に膨れ上がった肉の塊は、妙に不釣り合いな小さい手足をバタバタと動かし自分の身体を食べるのに夢中だった。1年位前はもう少しましで少女が呼びかければ、ちゃんと理解し喋ることもできたのだが、いまはただ委員会の方針で飼われているだけの薬物実験動物にすぎなかった。カイの精神を在る程度はシンクロで把握していたのでここのところカイの家には近寄らないようにしていたのだが、ここまでとはおもっていなかったのだ。それでもその膨れ上がった肉の塊は少女を認めたらしく、自分の血と油で汚れた口をもぞもぞ動かしながら何か喋りはじめた。そしてそれは、確かにこういったのだ。

 コレハ、ミソギナンダ、ヒツヨウナコトナンダカラオビエナクテイインダ、

黄色く濁った目が少女をただ眺めていた。口がもう一度開き、噛み切れなかったらしい黄色い脂肪片がついた歯を覗かせたがどうやらそれは笑っているらしかった。

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