やつの尖った鼻がきらいだった。

ついでに妙にちんまりした唇も.。

母親が週に一遍は刈ってやっていたおかっぱあたまも、やつに関することなら何もかも気に入らなかった。

でもやつは気にしない。


いつもやつは親を一人占めにしていておれの事などはじめから眼中にないからだ。

 いや、でもそれはしょうがないだろう。なにしろ生まれたときからその眼球がないのだから。

 親たちはそんなやつを只甘やかすだけだったからやつの性根の悪さは筋金入りだった。
おかげで俺はやつよりほんの2年と数カ月先に生まれたってだけでずっと継子扱いの恩恵を受けて来た訳だ。勿論そんなのは俺のせいじゃない。
やつの運が悪いだけに決まってるが親達はそう思わなかったらしい。
だからうちのことは全てやつを中心に回ってきた。

全くふざけた話だがまだガキでしかなかった俺はたまの悪戯でウサをはらしながらなんとかやってきたわけだ。
まあ大抵の悪戯は大目にみてもらえたが、こと、やつにしかけたのだけはこっぴどく叱られたものだ。
それでも俺が奴にしかけるのはほんとにたまのことだったし、余程ハラにすえかねたときに限られていた。
別に親が恐かったわけじゃない。
うちのアマちゃんの親がいくら怒ったってたかがしれている。
恐いのはやつのほうだ。
いつのことからかはあまり覚えてないがやつは童話に出てくる魔女のようにへんな力を使うことができたのだ。
得体の知れない力で防ぎようがない。
もうずいぶん前の事になるがこんなことがあった。

 やつは目が見えないせいか虫や蛙みたいなものを異様に怖がった。
なかでも蛙をひどく嫌っていて鳴き声でも聞こえようものならもうそこから一歩も動けなくなるくらい怖がっていた。
俺はその時も頭に来ていて、なんとかやつを誘い出し前の日から丸一日かけて蛙だらけにした納屋にやつを閉じこめたことがあったのだ。
当然パニックをひき起こし泣叫ぶやつの声を期待していたが何の音も聞こえない。
それでもゆうに5時間はほったらかしにしておいて、日が暮れる前に戸を開けにいって俺は咢然となった。
あれだけ納屋をうめ尽くしていた蛙が一匹もいなかったのだ。
やつは納屋に置かれたすっかり色焼けて赤茶色になった応接いすの中で安らかな寝息をたてていた。
蛙はいや、蛙だったらしいものはいたがそれはなんとも説明のしようもないモノだった。
 蛙はどろどろした濃い緑色の見たこともない生き物に姿を変えていたのだ。
でもそれは確かに数百匹の蛙の成れの果てに違いなかった。
そいつの身体は全てことごとくむしり取られた蛙の身体でできていたからだ。
 その1メートルはあろうかという奇妙な生き物は恨めし気にひと固まりになった眼で俺を睨み、そのまま溶けていった。
後に残ったのはひどい臭いの汚水と無数の目玉だった。
この件で俺は父親にはじめて殴られたが、でもそれは俺が納屋で大量の蛙を殺し腐らせたということで、やつの事の関しては追求が及ばなかった。
俺もやつもこの件の真相は一言も親に漏らすようなことはなかったのだ。だがこの一件あたりから俺とやつとの屈辱的な力関係が出来上がっていったような気がする。

 そう言えばこんなこともあった。
俺が12歳のときのクリスマスに父親がジェット機の玩具をくれたのだ。
モーターが入っていて音をたてて動き金属製でずっしりと重いそれは、俺もやつも夢中にさせた。
 たださすがのやつも俺のものを親の目の前で取り上げる訳にはいかなかったらしくその場は我慢していた。だが暫く立ったある日俺はやつのおもちゃ箱から異様なものをみつけたのだ。
そいつは姿形は確かに俺のジェット機と寸分かわらなかったがとてつもなく異様なものからできあがっていた。それは俺が掴もうとすると必死で俺から逃れようとしたのだ。
そいつは父親が大事に育てていたアニメニシキヘビの子供でできていて足らない部分はそいつが入っていたガラスケースで補われていた。
そいつは1週間ほどヤツのおもちゃ箱のなかで動いていたようだがそのうち動かなくなっておもちゃ箱からも音は聞こえなくなった。

 それから暫くして父親は母親と俺たちを見捨て家を出ていったのか姿が見えなくなってしまった。
どうしてだかさっぱり分からなかった。でも俺の立場が前よりもっと悪くなることだけはいくらガキだったとはいえはっきりと理解できた。

 そしてそれはすぐに酷い現実となって俺を襲った。
父親がいなくなったことで母親は完全にやつにかまいきりになったのだ。
俺は自分の食事にさえちゃんとありつけるかどうか分からない有り様で思春期に入り食べ盛りの俺を待っていたものは飢えと怯えと歪にゆがんだ不信感だった。
だからおれが母親を殺そうとしたのは仕方のないことだとわかってもらえるだろう。
少なくともあのときの俺にはほかの取るべき道が何一つわからなかったのだ。
1日中ただ、鳴り続けるラジヲ以外オレに話しかけてくる相手はだれもいなかったのだから・・・。
俺はこの家では家具よりも不要な人間でありそのくせ奴隷も同然に扱われたのだった。
俺の居場所などどこにもなかった。
 俺は日々やつのきまぐれで発揮されるやつの不可解なチカラと母親の突発的なヒステリーから逃げ隠れしながらやっとの事で生き延びていたのだ。

俺は母親が独りになるチャンスを用心ぶかく待ちつづけた。

 ひどい雨音がする夜やつが寝静まったのを見計らい汚れて冷えたフロに入っていた母親を首を絞めて殺した。

たいしたことはなかった。

痩せこけたアヒルをしめるようなものだと思った。
暴れる母親を押さえそこねて割れた鏡で肘を切り裂いたがなんということはなかった。
 母親は糞と小便を漏らしバスタブは血と糞尿がいりまじり褐色に汚れたがそれだけのことで思っていたよりずっとあっけなくことはすんだ。
 俺はさけた肘をタオルで堅く縛り母親を納屋にあった毛布でくるんだ。
どうせ土に埋めるしかないからそれなら少しでも土になるのが早いほうがいいと思ったのだ。
土砂降りの雨のなか、俺は用意してあった穴のなかに母親を投げ入れ生石灰をかけ上に生ゴミを入れて念入りに土をかけた。
もともと生ゴミを埋めるために母親に掘らされた穴だったからちょうど良かった。
おれは自分の仕事の出来栄に満足し納屋(父親がいなくなってからはここがおれのネグラになっていた。)ヘ帰り熟睡した。

 次の日の朝、俺はやつのけたたましい泣き声で眼を覚ました。
案の定やつにはなんら自体が飲み込めていないようだった。
やつは母親の名を呼び泣きながら転げ回っていたがそれしかできなかった。
本当にそれだけだ。
何もできるはずがない。
いくらやつに妙なチカラがあるといっても死人までは生き返りはしないだろうし、母親さえいなければ俺を捕まえることも奴隷のように使うこともできないのだ。
俺はここでゆっくりやつが乾涸びて死んでいくのを黙ってみているだけでいいはずだった。

 異変が起こったのは次ぎの日の朝だった。
昨日とはうって変わって晴れた空から母親たちが降ってきたのだ。
それも奇妙な色で塗りたくられた・・・・・。
正気の沙汰ではなかった。
ただ見ているだけでも頭がどうにかなりそうだった。
その降ってきた母親たちは地面にあたると鈍い平手打ちのような音を立てて潰れあたりにピンクの内蔵らしきモノをまき散らした。
15分位降り続いてそれはぴたりと止んだがあたり一面ケバケバし色の肉隗が散乱しひどい臭気に包まれていた。
そして余りの事に隠れ家から抜け出し立ち尽くしていた俺の手を内蔵の山の中からとびだしてきたやつの手が捕まえた。

(そのポッカリあいた眼腔には泥のようなものがつまっていた。)

もう逃げることはできなかった。
掴まれた瞬間やつの手は俺と同化しはじめていたからだ。
だがその位でやつのいいなりになどなるつもりはない。
こうなった以上やつも俺を殺すことはできないからだ。

でも最近は俺も少し諦め初めている。身体が・・・・、其れに伴って精神が変化し始めたからだ。
だから俺は少しでもやつのことを嫌うことにしている。取り敢えず鼻の形が気に入らないし、そのちんまりした口びるも好きじゃない・・・・・・。

そうやって兎に角やつの事を嫌っておくのだ。まだ俺が完全に母親になるまでにはまだ時間がかかるはずだ。

その間にでもやつが弱って殺せるチャンスがあるかも知れないだろう?

だから少しでもやつの事を嫌っておかなければ・・・・・・・・・・

 

 

                 

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