カイ

 

 

カイは割れるように痛む膨れた頭を抱え、やっとのことで教団に辿り着いていた。
銀と赤のみで彩られた礼拝控え室にいた何人かの僧侶がカイを認めると柔らかい乾いた布で身体を拭い妙にくぐもった声で唄をうたった。 カイの修業は、まだ始まったばかりだが素晴らしい成果であると導師である僧侶が興奮しまくしたてていたがそれが、自分に向けられたものであるのかどうかはカイにはもう理解する力はのこされていなかった。

「ミソギハオワッタ」カイは無意識の混沌のなかで其れをだれかに告げられたような気がしていた。それははじめうねる硬い波のようにみえ、暫くすると其れは自分の良く見知ったものに姿をかえた。

次に気がつくとカイは家の堅い床に寝かされていた。良く見知ったものは、カイを覗き込んでいたがカイが気がつくとまたいつものように自分を食べることに没頭しはじめた。

まだ頭がちゃんとしていなかったがカイは、少女をさがしに外へ出た。ミソギの最中、意識が朦朧とし全てのことが連続する悪夢のようだった。
そのなかでカイは少女にあったような気がしたのだ。

雨で溺れそうになっている自分のからだを小さな手が懸命にひっぱり、何度も名を呼んでいた。教団で飲まされた薬の効果で極端に意識が膨れ上がり世界が自分の一部のような錯覚に囚われていたが実際は気管につまり始めた雨せいで溺死寸前の汚れた虫のようなものにすぎなかった。もしだれかが体を移動して雨をかわしてくれなかったらカイは今ごろ哀れな骸になって委員会の手によって解剖されていただろう。カイは、自分を救ったものが少女であることをおぼろげながら理解していた。
カイは混沌とした連続する意識のなかで彼女を呼び続けそれに成功したはずだったのだ。あれだけ知能の高い少女が毒が空から撒かれているのとたいして変わらない雨のなかを不必要に歩き回ったりするはずがないからだ。其れは自分が呼んだからだとカイは考えていた。その答えを知るためにも彼女と合う必要があるのだ。カイはよろける足でまだ濡れている石畳をふみしめた。

そのころ少女はカイの残した臭いにシンクロしてなんとかカイのいた教団に辿り着いていた。
やっと雨があがり何人かの僧侶が道路にたまった雨水を排出するために外にでてきたところだった。少女は陰に隠れそのうちの1人にシンクロした。
僧侶だけにガードがかたく中々シンクロできなかったがそれでもカイのにおいをかぐことくらいは出来た。

いやな臭いだ。

すくなくとも彼はカイを捨てられた毛布くらいにしかみていないのがよくわかる。そのくせ無い物ねだりするようにカイの爪一片にいたる細部まで記憶させられていた。シンクロは対象との一体化によって感覚的にそのものを把握する能力なので読み取った皮膚感覚のようなものがすべて論理化するわけではない。むしろ論理化されず感覚の残滓となってこちらの感覚に残りフラッシュバックのような現象をひき起こす危険の方が高い。
だからこれまで少女は、カイと祖父以外にあまりシンクロしたことはなかった。もし相手がおなじような力を持っていた場合一体化したときにこちらの感覚をぬすまれる可能性のほうがたかいからだ。
やがて少女はカイがこの暫く家に帰った来なかった理由を正しく理解した。

カイはここで修業していたのだ。それに以前よりはるかに強い薬を使うようになったことも・・・・。感覚の持ち主はなぜカイの奇形が進まないのかをいぶかしがっていた。なぜカイがカイの親のようにならないのか・・・・。そこまでシンクロしたところで少女は不意に自分のなかに誰かが押し入ってきたのを知覚した。

紅い燃えるような目をした小さな鬼だった。

それは彼女の意識をねじ伏せ感覚をあっさり奪いとった。少女はもう自分のちからではまばたきひとつできないだろう。小鬼は時間をかけ徐々に嬲るように彼女を支配していった。

カイはさんざん当てどなく歩き回った後結局少女の家にきていた。

家では祖父が少女を探していた。もともと視力のない彼は良く発達した指と使い込んで手の油ですっかり茶色くなってしまった鳥の小骨を使って彼女の行方を占っていた。だが今日に限ってうまくいかなかった。その理由を戸口にたつカイをみることで祖父は正しく理解した。勿論目でみえるわけがない。彼はカイのなかにいるカイ以外のものをみたのだ。そしてそれは自分への敵意を紅く小さな目にあらわにしていた。

目の前で短くなったロウソクが蛇の舌のようにちろちろと燃えていた。
頭痛はやっとのことで収まっていたが今度は手足に鈍い痛みがありその上長い夢から覚めたように今どこにいるのかさえ解らなかった。
でもしばらくすると目がなれ始め漸く状況が見えてきた。
そんなに広くない部屋で何やらごちゃごちゃ置かれていたが物置というわけではないようだった。ここのところお馴染になっている香の匂いから考えれば教団のどこかであることには間違いなかった。
ロウソクの火が照らすものを用心深く見ていくうちにカイはその揺れる光のむこうに少女が座っているのをみつけた。信じがたい偶然だったが彼女の能力を考えればありえないことではない。カイはそう思い直し立ち上がろうとして初めて自分が動けないことに気がついた。手足のあちこちに穴が開けられもはや動かせるような状態ではなかったのだ。手足の鈍痛はこれのせいだった。

手も足も全くようをなさずなんの抵抗もできなかった。筋肉や皮膚だけでなく骨がなくなっているところまであるのだ。

只の肉や骨を適当につめただけの袋を手足の変わりに下げているようなものだった。カイには理解出来なかった。

これは委員会が重犯罪者として認定した13級以上の能力者に対する処置と同じだからだ。

勿論カイはそのどちらにも当てはまらないし、年齢的にも違法なはずだった。せめて喚きたかったが声もでなかった。舌か声帯も壊されているのかもしれないと思いカイは茫然となった。

結局なんの抵抗もできないまま僧侶たちに担がれて車に乗せらた。車には先に少女が乗り込んでいたが人形のようにただじっとしていた。
少女の手足には穴などあいておらずきれいなままだったが、少女はカイをみてもなんの反応もしめさなかった。イヤ示せないのだとカイは思った。
少女は姿形が同じなだけで中身は全くべつのものだった。
車が揺れるたびに身体中に激痛が走ったがカイは呻き声さえ上げることが出来なかった。

この先どうなるかは解らなかったが少女とはなされてしまうことだけは理解できた。そしてもう2度とあえることはないだろう。

何故こんなことになってしまったのかの理由が在るはずだった。カイは痛みに絶えながら必死にその理由を考え始めていた。少女のようにシンクロが使えるなら隣で眠りこけている僧侶から簡単に情報が得られるだろうがカイが修業で得た能力はむしろシンクロとは逆のものだ。乱暴な説明の仕方をすれば外的な強迫概念で精神を圧迫して人間をコントロールするものだ。
本来なら非常に有効な能力だがまだカイは未熟すぎた。相手のことがあらかじめわかっていなければ全く使えないのだ。
カイはじぶんの無力に呻き呪ったがやがて一つだけ残っている方法を思いついた。
カイは其れに全ての力を投入し始めた。

車は揺れながら石畳のはじにのこる酸性の水をはね上げる。このまま向かうところはおそらく委員会に違いなかった。ならまだ可能性があるはずだった。その最後の可能性にカイは全ての力を放出し始めた。

 

 

 
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